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ダイヤモンドはいつから知られていたのでしょうか? 17世紀にAntwerpに生まれたフランス人貿易商、B. Tavernier(下の写真の人物、インドあるいは中近東風の装束に身を包んでいるのが興味深い)は、その紀行の中で以下のように記述しております。 |
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1868年に刊行された“ベルギーの産業と商業”という著書の中で、アーネスト・ブラッセルは次のように語っております。 十字軍以降の中世ヨーロッパにおける最初のダイヤモンド関連の記述は、13世紀に見出されます。 |
(十字軍の遠征) |
14世紀までに、ダイヤ研磨加工技術は既にかなりの進歩をとげていたに違いないということですが、南ドイツの主要都市は、ヴェニス商人との活発な取り引きの副産物としてダイヤモンドに関する知識と研磨技術を導入したと言えるでしょう。そして、同じことがベルギー・フランドル地方にも当てはまります。ヴェニスからベルギーの古都・ブルージュに至る街道は、ミラノまで平野を抜けたのちアルプス山脈とラインの谷間を越えて北に向かう第1のルート、そして、ミラノ経由ののちジュネーブの湖の西辺を北行、フランスのシャンパーニュ地方に出る第2のルートがありました。これらのルートによって多くの物品とともにダイヤモンドがフランドル地方(ベルギー)へ持ち込まれ取引されていたということです。 さて、同時期のフランス・シャンパーニュ地方は、のちにこの西部分が大都市パリとなって大いなる発展をとげるわけですが、この時代には早くも諸国からの街道が集中し交差する大交易拠点であり、多くの商人たちが集うため、自然発生的に定期的な大規模見本市も開催されておりました。そして、14世紀も末くらいになりますとパリではダイヤモンド・ジュエリーが脚光を浴びる事となります。 1407年、Guillebert of Metzは“パリの素描”の中で、 |
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