◇◆  ファンシー ストーリー第7話  ◆◇


日本語の美しさについては昨今再認識され始め、いろいろと関連する書籍も見られるようになりましたが、つい先日も新聞の文化欄に次のような談話が載っておりました。
語学が極めて達者というスイス人の言葉ですけれども、
『議論するなら英語、論理的に物事を考えるならドイツ語、愛を語るならフランス語が
優れていると思うが、恋愛の微妙な心の動きを表現するには日本語が一番・・・』、
だそうです。
私も含めて語学の達人ということに縁遠い多くの日本人はそのような言葉を聞いても、そんなもんかいな、というぐらいの感覚しかないでしょうが、千年以上前世界に先駆けて
大長編恋愛小説を生み出した民族の末裔として、「当たり前ですがな、何を今頃・・」と
いう気持ちもありますね。
さて、先のスイス人の言葉にもあるように世界で一番美しい言語はフランス語、というのが定説となっております。これは音声(発音)が耳に心地よく響く、という意味でありましょう。確かにそうかもしれない、けれども私個人的にはベルギー人の喋っているフランス語を惚れ惚れと聞いたことなど一度もない、また、トルシエ監督のフランス語を美しいと思って聞いていた日本人がいるとは到底思われない。愛を語る時に特殊効果をもたらすと言われても99%の日本人には関係のない話ですし、耳元で訳のわからぬフランス語をささやかれ鳥肌が立って『アホか、なに寝ぼけとんねん』と席を蹴った大阪女もおりますから全世界的に支持されているとは言えないのではないでしょうか。
私などは音声として日本女性のしゃべる品の良い日本語が一番ゾクッとくる、ベルギーからの帰国便で日本語の機内放送を聞いてどんな女性がマイク握っているのかものすごく気になったりする、ホントあのやや高めの歌うような日本語の音にクラッとくるのです。1ヶ月も2ヶ月も日本を離れ日本語と無縁の生活をしていたわけでもないのにね。
皆さんもきっと同じようなことを感じておられると思いたい、
文章だけではなくて、美しい日本語の音声ということを。
フランス語がFancy Intense Pinkなら日本語はFancy Purple,
高貴な深い美しさを感じさせてくれるという気がします。


7月の花
7月の花といいますと何をイメージされますか。
まだまだ梅雨のさ中、紫陽花は終わりかけ、朝顔には少し早い、もちろん朝顔も7月の花なんでしょうけども、幼稚園の時とか小学校の1,2年生の時とか朝顔の種まきからやって、毎日観察して成長をノートに書いたり、でもなかなか咲かなくてね、もう半泣きになってあきらめかけた夏休みの終りころにいっぱい咲いた、なんていう思い出をお持ちの方も結構いらっしゃるに違いない。そんな気まぐれ朝顔よりも7月の梅雨時は紅花です。

最近皆さんからのご要望で一番多いのが赤、Redのダイヤがないのか、ということです。
なかなか見つかりませんね、かなり近いところまでは行くのですけれども。
赤いダイヤの話が出来ない代わりに。
このアザミに似たキク科の花は遠く地中海沿岸を原産地としてシルクロードを経て6世紀飛鳥時代に渡来しました。初めは西日本各地で栽培されていましたが徐々に東に移動、
東北地方の風土に合ったのか16世紀末頃から特産品となり現在に至っております。
山形県が主生産地で最上紅花と呼ばれているそうです。この頃では、べにばな油となって日常台所で活躍しておりますが、安土桃山時代、江戸時代を通して女性の化粧品として、また着物の染料として使われたことは女性の方ならご存知の方も多いかと思います。
芭蕉の「奥の細道」に次のような句があります。

まゆはきを おもかげにして 紅の花
行く末は 誰が肌ふれむ 紅の花


これらは旧暦5月末の作品といいますからちょうど今頃、梅雨の最中です。
有名な句、「五月雨を 集めて早し 最上川」と詠む直前、紅花の流通を生業とする裕福な商家に招かれた時の作だそうですが、どう解釈しても女性の影がちらつきますな、あの方堅物とばかり思っていたのにそうではなかった。なにか紅をつけるべっぴんさんの匂うような色香が漂いますね。芭蕉の作品を全部読んだわけではありませんが、とても侘び寂び(わびさび)の師匠が詠まれたとは・・と感じるのは私だけでしょうか、それとも深読みしすぎなのか。二つの句のモチーフは違う女性なのか、はたまた同じなのか、その辺も興味深いところです。

万葉集には次のような歌があります。

紅(くれない)の 花にしあらば 衣でに
            染め付け持ちて 行くべく思ほゆ


単純に解釈すれば、あなたが紅花であれば着物に染めて持っていけるのに、そんな感じでしょうか。こちらは流石に万葉集、ダイレクトな心の表現ですね。多分、旅立ちか何かで別れの愁嘆場が迫っているのでしょう、作者の寂しさが容易に想像できますね。


さて、写真を見ての通り、紅花は黄色の花なんですな、それが枯れる間際に真っ赤になり摘み取られる。そんなわけで、別名は"末摘花(すえつむはな)"。
それをどこかで聞いたような、と感じた読者もいらっしゃるでしょう、
そう、美しき日本語の原点、源氏物語に出てきます。
この話はちょっとコミカルというか悲劇的でないのがいい、
光源氏18歳から19歳のころ、
ある宮の姫君が両親ともに亡くなり、広い荒れ果てた邸で琴を相手に淋しく暮らしていたそうにございます。それを伝え聞いたスケベ源氏、放っておくはずはありません。まずは敵状視察。朧月の夜、垣根越しに琴の音を忍び聞いておりました。そこに現れたるは源氏の恋敵の大臣、向こうもまだまだこれからという様子で中を窺がっている。そうなると、もう黙ってはいられない、ムクムク沸き上がる闘争本能。姫の容姿をしかと確かめもせず、いてまえ打線や、の心意気。しかしながら、そこは平安貴族、まずは文(ふみ)に気持ちを託すという順序を経なければなりません。鍛えに鍛えた下半身をしばらく休ませ、毎日毎日歯の浮くような文を書きまくった。しかし、姫からは一向に返事が来ない、文に返事が来ぬか、ならばE-mailはどうじゃ、なに、貧しくてパソコンも携帯もないとな、実は姫君の両親は生前あまりにも保守的、古めかしい教育のせいで姫は全くの世間知らず、恋文の返事すらできかねたのでした。そんなことは知らぬ光源氏、我が意のままにならぬとなればよけいに燃え上がる下半身、ついに返事のもらわぬままに実力行使と相成りました。
熱意実って首尾を遂げ、プライド満たされホッとして、雪明かりの中で姫を見て驚いた。
鼻が異様に長くて先が赤いのでございます。これこそまさに末摘花。いてまえ打線が突然フニャらと阪神打線になってしまいました。スケベ源氏としてはくやしいやらおかしいやら、しかしそこは大物、この紅鼻?紅花?の面倒を見続けたそうにございます。

それにしても、この熱意見習わなアカンね、
いやいや、そんなことやない、
紅花のように黄色のダイヤが赤のダイヤに変わってくれませんかね。

日本の色 藍
最上の紅と並んで、日本の代表的な色は"藍"なんだそうです。
「青は藍より出でて藍より青し」、伝統的な日本の青は蓼科(たでか)の植物「藍蓼」が
原料です。『あいつなんであんなブサイクと付き合うてんねんな』『まあええやないかいな、タデ食う虫も好きずきや』、の蓼でございます。何か異様に辛い味がするそうで、これから作る染料は防虫効果満点。夏の夜、紺色の浴衣姿の女性についつい視線が引き付けられますが、ファッション性のみで藍染めしているのではないですね。しかしながら、虫除けになっても、もっとつまらん虫を引き寄せたり、ということになっているかもしれませんな。
阿波、と言えば我々は阿波踊りと反射的に思ってしまいますけども、昔は阿波の藍か、藍の阿波か、と言われたくらい阿波藍は栄華を誇ったそうです。特に江戸元禄期以降、木綿の生産が多幅に増えーこれを日本の衣料革命と呼ぶんだそうですがーそれに付加価値を付ける藍の需要も増大したというわけです。英語でインディゴブルーと呼ばれる藍色ですが、
明治初期に来日したイギリス人が手ぬぐいや着物以外にも藍で染められたものが氾濫しているのに驚いて「ジャパンブルー」と呼び始め、今でもそれで通る場合もあると言います。いくつかの怪談を残した小泉八雲(ラフガディオ・ハーン)は日本を「青のあふれる国」
と記しておりますね。
私もちょうど一年前ブルーについて書いております。
夏になるとやはり青、
海の青や空の青は白い雲、真っ白なTシャツとよくマッチすますね、ホンマに清々しいというイメージです。
昨年はブルーダイヤの色を海の色で表しましたけども、今年はこの藍色で。
藍染めほど多くの色名を持つ色も珍しいそうです。代表的なものを並べてみますと、
写真左から、紺、はなだ、浅葱(あさぎ)、瓶覗(かめのぞき)、白藍、の5つです。
紺色はまさにFancy Dark Gray Violet以外の何物でもありませんね。
はなだ、この漢字パソコンの変換で出てこないのです、糸ヘンに票なのですが。票という漢字の語源を調べてみますと、とにかく目立つということからきているようです。
Fancy Vivid Blueですね。
浅葱、江戸時代には田舎からやってきた江戸勤番侍のことを浅葱裏などと呼んでバカにしていたらしいのですが、多分皆このような色の生地を裏地につけていたのでしょうね。
ブルーダイヤでこのような色のものはほぼTreated(処理石)と考えて間違いない、やや緑がかったいかにも染めました、という色ですね。
瓶覗、白藍はいずれもFancy Light BlueあるいはLight Blueというところでしょうね。
このような軽い雰囲気の天然ブルーが安くでたくさんあればね、もっと楽しい商売ができるのでしょうけども。
梅雨が明ければいよいよ本格的な青の季節、海や山でエンジョイするのもよし、
また、夕方から藍染めの浴衣でおしゃれもよし。実際、今の浴衣は湯上りの室内着ではありませんね。一流ホテルでももちろん大丈夫だそうです。
女性の皆さん、
派手な色彩のファッションよりもどうかFancy Dark Violetの浴衣で夏の夕べをお過ごしください。




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第20話 UKIカラーで綴った枕草子
第19話 古今和歌集ダイヤモンド語訳
第18話 2006W杯 × Fancy Color
第17話 That's Baseball
第16話 トリノの余韻
第15話 “The Aurora butterfly of Pease”
第14話 Fancy June ...
第13話 ウッキー夜話
第12話 『春のダイヤ人気番付』
第11話 2003年 南船場の秋
第10話 「白シャツ」と「白ダイヤ」にご注意。
第9話 初詣
第8話
第7話 日本の色
第6話 オリンピック随想
第5話 お正月に想う
第4話 ブルーダイヤ、高価とは聞いておられるでしょうがどれほど高価なのか・・・
第3話 同じ赤でもピンクダイアとルビーではかなり色に違いがあります・・・
第2話 新しい「誕生ダイアモンド」なるものを設定・・・!!
第1話 『fantasy』で『fantastic』な『fancy world』へ御案内。